賀茂台地の昔話 ~薬師如来に助けられた話(志和町)~
2021.03.01
むかし、志和に一人の男がおりました。
村にいても貧(まず)しくてこれとて収入を得ることができませんでした。
そこで志(こころざし)をたてて作州(さくしゅう)へ瓦(かわら)職人となって行くことに決めました。
作州とは今の岡山県の北部で、正しくは美作国(みまさかのくに)のことです。
男は辛抱(しんぼう)してやがて年期があけ、三十両の金をもらい志和へ帰ることになりました。
ところがその途中、ある峠(とうげ)へさしかかったとき山賊(さんぞく)が現われ、刀をぬいて
「あり金(がね)、全部おいて行け!」
と、おどしにかかりました。
しかし、男は山賊のすきをみて逃げ出しました。
山賊はあわてて「待てッ!」と、追いかけて来ましたが、男は足が早く、ある辻堂(つじどう)のところまで逃げて来ました。
そしてお堂の扉をあけてみると、薬師如来(やくしにょらい)が安置(あんち)してありました。
「誠にすみませんが、山賊に追われて困っております。しばらくかくれさせて下さい」
と、お願いしてその裏へ身をひそめました。
やがて山賊が駆(か)けてくる足音がして
「逃げ足の早い奴じゃ。どこへ逃げよった。あいつが大金を持っちょるのは間違いない。どうしてもつかまえてやる」
といいながら、また、どこかへ走り去って行きました。
もう大丈夫と考えた男は
「やれ、有難(ありがた)や。薬師如来さまのおかげで助かりました。おんころころ」
と、礼をいって出ようとしますと「待て」と声がかかりました。
自分しかほかに誰もいません。
不思議(ふしぎ)に思って振りかえりますと、薬師如来が口を動かせておいででした。
びっくりしますと
「お前は前の世で、あの山賊のやっていたそば屋で、そばを食い逃げしている。代金は十文であった。それに利子(りし)がついて今では三十両になっている。それを払わなかったら、お前は生きては帰れないぞ」
といわれるのです。
「それならどうしたらよろしゅうございましょう」
とたずねますと
「その山賊の家を教えてやるから、今から行ってその金を返すがよい」
といわれ、教えられた山賊の家に行き、中をのぞいてみますと、おかみさんらしいのが何か煮物をしていました。
どうしようかと考えておりますと、どかどかと足音がして山賊が帰って来ました。
あわてて物かげにかくれてなおも中の様子を伺(うかが)っておりますと、家に入った山賊はおかみさんに向かって
「今、ここへ男が来たろうがー。どこへかくした」
と大声でどなりました。
「いんねのー、誰も来やしませんよ」
とおかみさんが答えますと
「嘘(うそ)をこくと承知せんぞ。さっき薬師堂の前を通ったら、その男はお前の所へ行ったと、堂の中から知らせてくれたんじゃ。来とらんことはない。さあ出せ」
というが早いか、おかみさんをポカリポカリとなぐり
「さあ、出せ。出さんと半殺しにするぞ」
と、すごい剣幕(けんまく)で、今にもおかみさんは殺されてしまいそうでした。
男は見るに見かねてとび出し
「まあ、待ってくれ」
と、山賊をなだめ、薬師如来のお告げのことをいい、わびをして三十両をわたし
「どうか、おかみさんをいじめないでくれ」
と頼みました。
山賊は
「お前は正直な奴じゃ。よくわかった。どうやらわしのやっとることをあの薬師如来がお前をここへ来させて、やめさせようとしたのであろう。ここらが山賊の廃業(はいぎょう)の時かも知れん。それにしてもお前、これから安芸国(あきのくに)へ帰るのに手ぶらでは困ろう。ここに今まで旅人から取りあげた刀がある。どれか一本やろう。それと、これは旅費じゃ。十両ほど返してやる。では、さらばじゃ」
といい、おかみさんをかかえあげたかと思うと、たちまち煙のように消えさってしまいました。
やがて男は志和へ帰りましたが、そのとき山賊がくれた刀がある人の眼(め)にとまり高く買い取ってくれました。
男はそのお金でお堂を建て、薬師如来をおまつりしました。
このお堂は霊(れい)けんあらたかなと評判が高かったそうです。
(話者・八本松町米満、天野 守氏)
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