賀茂台地の昔話 ~茗荷と財布(福富町 西条町)~
2021.01.15
あるお寺の弟子(でし)にとてももの忘れのひどい男がおりました。
自分の名前もすぐ忘れてしまうほどでした。
和尚(おしょう)さんは「お前は他のことはさせられん。庭の掃除をせよ」と命じました。
男は不思議(ふしぎ)と庭掃除のことは忘れず一生懸命(いっしょうけんめい)にやりました。
そしてある日突然悟(さと)りをひらき、和尚さんから戒名(かいみょう)を授(さず)けてもらいました。
しかしながらその名もすぐ忘れてしまうので、背中に書いてもらいそれを負(お)うて歩いておりました。
やがて、その人は亡くなりましたが、埋葬(まいそう)したあとにとてもにおいのよい草が生え、それが「茗荷(みょうが)」と名付けられました。
それは自分の名を背負(せお)うていたということで、名という字の上に、「くさかんむり」をつけてそうなったのだといいます。
それからこれをたべると不思議ともの忘れがひどくなるのでした。
むかし、西条四日市に宿屋(やどや)がありました。
日ごろはあまり繁昌(はんじょう)しておりませんので、お手伝いさんもおらず、おかみさんと二人で営(いとな)んでおりました。
ある日の夕方、ひとりの身なりのよい旦那風の旅人がとまりました。
泊(とま)るとき「すまんが、これを預かっておいて下さらんか」といってずっしりと重い財布(さいふ)を出しました。
亭主(ていしゅ)は「へいへい」と、その財布を受取りましたが、その重さからみてかなりの大金であることがわかりました。
亭主はそれが欲しくてたまりません。
そこで旅人から取り上げるための悪だくみを思いつき、
「茗荷をたべるともの忘れをするというけん、これをたべさせてやろう。そしたら預けた金を忘れて行くかも知れん。それに決めた」
と、すぐおかみさんに「茗荷をうんと買うてきて、料理してお客さんに出せ」といいつけました。
おかみさんは何が何んやらわからないまま茗荷を買ってきて、何から何まで茗荷ばっかりの料理を作って出しました。
旅人は、何(な)んで茗荷ばっかりたべさせるんだろうと思いながらも、おいしいので皆たべてしまいました。
翌朝、旅人はまたも茗荷汁の朝飯をたべ、すっかり旅支度をして出て来ました。
「どうもお世話になりましたのー」
といって、わらじをはきかけました。
亭主は心の中でニヤリとして「しめ、しめ、うまく財布を忘れて行くわい」と、ほくそえんでおりました。
わらじをはいたお客は、立ちあがると、
「お世話になりましたのう」とまたいって、二、三歩出て行こうとして、
「ああ、そうそう、財布を忘れて行くところだった。預けといた財布を下さらんか」
と手を差し出しました。
亭主は「へえ?ああ、さ、財布でがんしたのー」と、心の中で「くそったれがー」とあわてて財布を出してきましたが、そのときの亭主の残念そうな顔は誰もみたものはありませんが想像がつきますよネ。
だって、旅人に財布を忘れさせようと一生懸命だったんですからー。
そして、しばらくして、
「あっ!しもうた!宿賃(やどちん)をもらうんを忘れとった」
と、外へとび出しましたが、もう旅人の姿はどこにも見えませんでしたとさ。
それも、朝飯のとき旅人に出した茗荷の汁の余りを、よせばいいのにもったいないからと、飲んでしまったのがいけなかったんです。
ですから、よくばりもほどほどにしないとこういうことになるんです。
それからあなたも旅して旅館へ泊まられたとき、茗荷の料理を出されたら、「こりゃ危ないぞ」と、くれぐれも用心(ようじん)して下さい。
お願いしておきますよ。
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